四月二十五日 区隊旗と西二士の脱走 その2
「おい西、なんでお前だけ姿勢を取らへんねやッ!?やる気無いんかッ!!?いい加減にせぇよッ!?自衛隊嫌になったか!? どこまで俺を馬鹿にすれば気が済むんやッ!!!!」
かつてないほど山本班長の顔は紅潮し湯気を立てて怒りを露わにしていた。 山本班長が何も言えずその場に立ち尽くす西二士に近づいて行くと急に彼は焦って旗手のワッペンを無理矢理外し、
「西二士、自衛隊辞めます!!」
と声高々に宣言した。区隊全員が腕立て伏せの姿勢のまま唖然とした。無論班長助教たちもである。 そんな我らを他所に西二士は正門へ猛ダッシュをかけた。 紹介していなかったが彼は元ラグビー部であり彼のタックルを食らえば凡そ一月 は松葉杖と協同生活を送らなければならないとまで噂されていた。
「……とっ、取り押さえろッ!!!!」
流石の山本班長もこの状況には驚きを隠せない、といった感じでかなり焦っていた。 腕に自信のある連中がバッと態勢を起こして駆け出し、西二士を取り押さえにかかる。 しかし彼に飛び付いた者は漏れなくタックルで吹き飛ばされた。
結果的に西二士は正門にいた警衛の方を含む五名にてようやく取り押さえることに成功したのである。
「は、離せ、離せぇええええッ!!」
彼が連行されていくのを腕立て伏せの姿勢のまま眺めていたが、もしも私が一般人で偶然駐屯地の前を通りかかり、 偶然にもその光景を目の当たりにしていたならば絶対に自衛官という選択はしなかったであろう。 尚今回の区隊旗を忘れたことに関して西二士は不問となり、腕立て伏せもうやむやになったのである……が
「……って言うか何時まで腕立て伏せの姿勢を取ってれば良いのんだ?」
自衛官の基本に於いて別命なく次の行動に移ることは残念ながら許されないのであった。