五月二十日 自衛官神話大系 その1

「希望調査、ですか?」

自衛隊に入隊すると先ず三ヶ月の前期教育が待っている。それを終えると今度は三ヶ月後期教育を行うことになる。 前期教育にて自衛隊員として最も基礎的な体力、精神力を養うと共にどこの部隊でも共通して必要な事柄を学び、 後期にて部隊特有の訓練に入る訳である。

「そろそろ後期教育の配属先決めた方が良いだろう」

ゴールデンウィークも終わり、教育も中盤に差し掛かった頃、 中隊長殿はそう言って私たち新隊員に希望調査用紙を渡した。

自衛隊の部隊には大きく分けて戦闘職種と後方支援職種とある。言葉からも解る通り戦う部隊と支援する部隊である。 つまり戦闘職種は花形であり後方支援は日蔭者、戦闘職種こそ自衛隊が武力集団たる由縁であり、 これなしに自衛隊を語ることは許されない。

「……是非とも後方支援職種に行かせて下さい」

これでいい、これでいいのだ。戦闘職種にだけは行く訳にはいかない。 それこそ普通科なんぞに行って鍛えに鍛えあげられモノスゴイ筋肉を手に入れたとしよう。 そして来たる夏の海にて浜辺でその鍛えあげられた筋肉を披露すれば世の女性という女性は私に魅了されてしまうだろう。 女性に囲まれてしまってはいかに奥手な私といえどその黄色い声に応えない訳にはいかない。 そうなってしまっては世の男子諸君は多いに困るであろう? 世界の安寧の為、私は泣く泣く戦闘職種を諦めなければならないのだ。 第一身私では身体が持たない。だとすれば後方支援職種に行くのが妥当である。

後方支援職種には武器科、通信科、航空科、衛生科、化学科、儒品科、輸送科、音楽科、警務科、情報科、会計科、 の全十一種類がある。 これだけあると迷ってしまうのは当然と言えば至極当然である。 目前に美しい黒髪の乙女やプラチナブロンドの美女が幾人もいればどれにしようか迷ってしまうのは至極当然の話である。 先ず選択肢を絞ることが先決であると私は判断した。

音楽科は除外、なぜなら私は音楽の才能は皆無であるからだ。 楽譜は読めないし学生時代私が演奏することを許された楽器はカスタネットとタンバリンだけである。 だからと言って歌手を務めることも皆無だった。

警務科と情報科は基本的に陸曹になってからの職種変換からしか成れない為これらもフィールドから除外。 航空科、通信科に関しては準戦闘職種として空挺団、 有線通信手と呼ばれる戦闘職種と変わらないどころかそれ以上に厳しい訓練が待っているとされているため 残念ながら墓地へ送らねばならない。

衛生科は動かなそうなイメージがあったがそれとは裏腹に行軍などで倒れた人員が出るとそれらを担ぎ、 さらに自らの荷物までも背負わねばならないなどと言う。そんな話を聞いたからには選択肢から末梢せざる負えない。

君たちは私の最も苦手な科目をご存じだろうか?化学だ。これに関して私は口に出すのも憚られる点数を有しており、 この恐るべき呪いの数字を耳元で囁かれたならばその者はその一生を呪いの数字によって支配されてしまうと噂されていた。

残ったのは武器科、儒品科、輸送科、会計科である。 何故ここまで選択肢は減ったのか、責任者に問ただす必要がありそうだ。


責任者は何処か?




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