五月二十日 自衛官神話大系 その2
「森川君、武器科への入隊おめでとう!」
中隊長殿が笑顔を浮かべて私の武器科配属を喜んでくれている。石山班長や他の班員たちも一緒である。
「早速君には武器庫番ををやってもらおう」
「任せて下さい!」
小銃と若干の不安そして大きな期待と希望を背負い、武器庫の入り口に立つ私。 四方を有刺鉄線に囲まれその警備や半端なものではない。武器庫や弾薬庫、燃料補給施設等も 『秘』に含まれており口外すればその存在を末梢されるか研究所送りにされるというのが専らの噂であった。
武蔵坊弁慶のように仁王立ちすること小一時間。 私の耳にうっかりしていると聞き逃してしまいそうな小さな声が入り込んできた。この声はどこから聞こえてくるのか。 辺りを見回し出所を探る。すると驚いたことに声は武器庫の中から聞こえてくるのであった。
「もしや、侵入者かもしれん」
小銃を構え警戒しつつも武器庫内を見て回る私。少しずつ、音が大きくなってきた。声と言うよりは呼吸である。 それも荒く、何かから逃げて来たのだというのが何となく想像出来るような呼吸。棚の影をゆっくり覗くとそこに声の主はいた。 声の主は私を見るなりひっ、と声をあげて逃げ出そうとした。が、いかんせん腰を抜かしたらしく上手く動けない。 這いつくばって移動する侵入者に対して私は訓練で習ったように小銃を構えて威嚇した。
「動くな、止まれ!」
我ながら綺麗な構えである。文面でしかお伝えできないのが残念で仕方ない。それはともかく。
「た、頼む!助けてくれ!」
壁に寄り掛かるようにして侵入者の男は手を挙げ降参のポーズをとった。
「ここは武器庫だぞ?何をやってるんだ?」
私が警戒を解かずに問いただすと侵入者はおそるそる口を開いた。
「俺は奴等から逃げてきたんだ、お前も奴等の仲間なのか?」
「奴等?なぜ逃げる必要があるんだ?」
「見ちまったんだ、奴等が、奴等が……」
男が核心に触れようとしたその時だった。ガラッと勢いよく門が開き中隊長を筆頭に屈強そうな、 それでもどこか感情というものを持ち合わせていないような連中が五、六人入ってきた。
「奴を見つけた。今捕獲する」
中隊長は武器庫に入るなり手にした無線に対して冷徹に言い放ち、男たちに指示して侵入者の男を取り押さえさせた。 男とて抵抗しなかった訳ではないが一回り以上大きい男たちに囲まれては最早抵抗なんぞ無意味であった。 あっという間に捕まり、引きずられるようにして武器庫を退場することになる。
「おい……俺に触るな!……何処に連れていくつもりだ?まさかあそこじゃないな!? ……おい!止めろ!!……た、助けてくれぇッ!!」
連れて出される間際、男は意味深なことを口にしていった。 武器庫には私と中隊長だけが残された。
「……さて、森川君」
中隊長はゆっくりとこちらに向き直り迫ってきた。
「君は何も見てないし、何も知らない……良いね?」
「は……はい」
最早返事をするだけで精一杯であった。
「う、うわあぁぁぁッ!!!」
私は冷水を浴びせられたように飛び上がった。どうやら私は夜間勉強中に居眠りしていたようで、 先ほどの出来事は夢だったようだ。机の上には職種希望調査表が置いてあり。第一希望には『武器科』と書かれていた。
私は直ぐ様消ゴムでその字を消し、『輸送科』と書き換えるのであった。