プロローグ

「6対11、マッチポイントです」

無機質な声が頭の中に響いた。早く終わってくれよとでも言いたそうにスコアボードを掲げる審判。 俺は苛立ちと焦りを敏感に感じ取って震える右の掌の上に直径40ミリのボールを載せた。

まだ勝てる。逆転出来る。

それが中学最期の夏だった。目標にしていた県大会への出場はこの試合に勝つだけだ。 震える手を振り上げボールをトスし、最後のサーブを打った。


「6対11、セットカウント1対3で第二中学、渡辺さんの勝ちです」

俺は負けた。幕引きは驚くぐらい呆気ないものだった。


大会の帰り道、仲間たちが一人、また一人と知らぬ間に消えていき、 一人になったとき、涙が流れた。かなしみや、くやしさ、やるせなさが込み上げてきて、 気が付けば大粒の涙が次々に頬を伝い落ちていった。

ふと、部活動に打ち込んでいた日々を思い出す。

「俺は絶対に県大会に行ってやるよ!!」

同輩や後輩に対して確かに俺はそう息巻いていた。耳の周りが一気に熱くなり、 はずかしいという感情までが俺に追い打ちをかけた。

最後の試合に負けたとき、心にぽっかりと穴が空いた。大きくて、そして暗い穴だった。 その穴を覗き込むと今でも俺はあの日の試合を続けている。

中学最後のあの試合を。

もしかしたら逆転出来るんじゃないだろうか? そんなことを思う。 でも最後は呆気なく負けてしまうんだ。

「なんで、卓球なんて始めたんだろうな」

後悔して、少しでも気分が晴れれば良かった。

家に着き、部屋に鍵を掛け、もう一度泣いた。 涙が枯れ、三年間苦楽を共にしたラケットをゴミ箱に捨てて、 俺はこの苦しみから一秒でも早く逃れたかった。




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