入部 その9
家族で一緒に食事をとらない場合我が家では自分で食器を洗うというシステムが敷かれている。 食後自分の使った食器を流しで洗っていると、風呂上がりの母さんが台所にやってきた。
「高校生になっても食事は時間通りにとりなさいよ?」
母さんは冷凍庫からアイスクリームを取り出してテーブルに座った。 そしてテレビのチャンネルをバラエティに切り替える。
「母さん、俺のラケット知らない?」
母さんに言われたことに対して特に何の返答もしないまま、俺は尋ねた。 俺の口から『ラケット』という言葉を聞き、母さんはアイスクリームを口に運ぶのをやめこちらを伺った。
「ラケットって……卓球の?」
「うん……」
「あんた、捨てたでしょ?」
「え……ッ!?」
マジで!!?
「中総体の後、もう卓球なんかしねぇよ、って言って捨てたじゃない。忘れたの?」
俺の真似をしてるのだろうか、無性に腹立たしい。だが確かにそのような記憶はあり、 当時のことが鮮明に脳裏に蘇った。
試合に負け、破裂しそうな気持ちで家に着いた。
「お疲れ様」
お母さんはいつもと変わらず俺を出迎えてくれた。試合をしたのは俺なのに、 試合に負けたのは俺自身のせいなのに、卓球を始めるきっかけとなった母さんすら恨めしいと思えた。
「卓球みたいな地味なスポーツあんたにはお似合い」
そんな言葉をかけてくれさえしなければ、こんなに悔しい思いをすることもなかったのに。 それでも卓球を始めたのは俺自身で、やっぱり試合に負けたのは俺だった。 俺は泣いて泣いて泣いて、最後にラケットケースをゴミ箱に捨てた。
「あんた、これ……」
ゴミ出しの時母さんはそう言って本当にラケットを捨てても良いのか俺に尋ねた。
「良いよ、もう卓球やらないし……」