入部 その4

「唯……お前、そう言えばせせらぎだったな」

何となく今頃思い出したような口ぶりで喋った。唯の奴は明らかに不機嫌な顔をしている。 淳と同じく唯も中学校時代の同級生で、同じ(といっても男女で分けられてはいたが)卓球部だった。 唯は非常に頭の良い奴だったのでもう少し上の高校に進学するだろうと思っていた。

一体何が楽しくてせせらぎなんぞに……

すると唯は俺の表情から考えていることを勝手に読み取り、勝手に喋り始めた。

「あぁ、はいはい。言いたいことは解るわ。あたしはね、卓球がしたくてこの学校選んだの、 あんまり深く詮索しないでもらっていいかしら?」

まだ訊ねてもいないのにべらべらと捲くし立てる。唯は非常におしゃべりで、自信家で、しかも卓球はべらぼうに強い。

「……ん? 卓球しに?」

女子卓球部のエースであった唯は地区予選を難なく突破し、県大会でもかなり良い所まで登っていた。 ちなみに俺は今の今まで1ゲームはおろか1セットすら取れたことがない。

「あんた知らないの? せせらぎ女子って創設五年で県大会ベスト八よ!? 今年は県大会突破だって夢じゃないんだからッ!!!」

フン、と唯は鼻をならして息巻いた。

「ふーん…………で、男子は?」

「地区予選30校中28位」

「うわぁ……男子弱いな。県大会にすら出れてねぇ」

「あら、あんたみたいな甘ちゃんにはお似合いだと思うけど?」

「な……ッ」

見事なまでの切れ味だった。自分のことをうっかり棚に上げた俺の発言を一刀両断。 何というか、隙がない奴である。唯は卓球でも口喧嘩でも常に先手を取り相手に反撃の隙を許さず、 一気に攻めるタイプだ。きっと卓球はその人の性格がプレイスタイルに大きく現れるものなんだろうな。 そんなことを考えて含み笑いすると唯はそれをも感じ取ったのか強烈なジト目で俺を睨み付けた。

「何よ、その目は?」

「い、いや、何でもない」

いかん、こいつの前で下手に表情変えると何を考えてるかバラすようなものだ。

「……」

「……」

しばらく互いに口を開くことなく睨み合っていたがやがて、

「暇なら卓球部の見学行ってみなさいよー」

そう言って唯は一人さっさと行ってしまうのであった。

なんで卓球部なんかに。そう言おうとして止めた。これ以上言い争っても無益に思えたし、 何より気分が悪かった。

卓球はもうしたくない。だから淳の誘いも断っている。自分から断っているのに疎外感を禁じ得ない。


「あら、あんたみたいな甘ちゃんにはお似合いだと思うけど?」

「暇なら卓球部の見学行ってみなさいよー」


唯の言葉も淳と一緒だ。俺を卓球に誘っている。一緒に卓球しよう、と……

俺はオレンジ色に染まりゆく廊下に一人立ち尽くしていた。




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