入部 その7
入り口にある防球用のネットを外してギャラリーの中に入っていくと それまで練習に集中していた男子卓球部員の人たちが一斉に俺たちを見た。 ギャラリーは横に長かったので卓球台は縦に置く形で三台並べられていた。 此方を窺う中の一人がこちらに軽く会釈をして近づいてくる。
「やぁ、小野寺君」
『小野寺』とは淳の名字である。淳が見学に来ているのは知っていたが、きっと入部は済ませているのだろう。
「君が佐藤佑樹君だね。小野寺君から話は聞いているよ!! 僕は男子卓球部部長の大塚だ、これからよろしくね」
大塚先輩は眼鏡をかけており、優しそうな瞳を此方に向け握手を求める。 そしてなんか俺の入部が決定したみたいな言い回しに聞こえる。 そんな違和感に気付いた俺に淳がさわやかな笑顔を作ってタネを明かした。
「俺がお前の代わりに入部届け出しといてやったよ!」
「バカッ!!」
良いことしたとでも思っているのだろうか、此奴は?
淳のありがた迷惑には慣れっこだったつもりだがまさかここまでやるとは思ってもみなかった俺である。
「ま、まぁとりあえず打ってみなよ」
「大塚先輩もあんま良い感じにまとめないでもらって良いですか?」
とりあえず、本当にとりあえず台打ちすることになると先輩たちが気を遣って台を空けてくれた。 ひょっとしたらどれくらい卓球が出来るのか見定めるためであったかもしれないが、 体験入部の生徒相手に優しいのはどうも中高一貫らしい。中学時代の自分を思い出す。
二年生は使える台が少なく体験入部の期間とはいえ三年生は最後の夏に向けて必死に練習している。 そんななか俺は部活見学に来た一年生に台を譲ることを快しとせず、 先輩の職務をほったらかしにして台打ちに熱中していたことがある。もちろん顧問の教師から大目玉を喰らった。
「俺、ラケットないんですけど……」
見学だけと決め込んでいたのでラケットまでは持ってきていなかった。
「君はシェーク? それともペン?」
先輩が尋ねてきた。シェーク(シェークハンド)とはラケットの握り方とラケットそのものの名称であり、 人差し指を立てて握手をするように握る。ボールを打つためのラバーは裏と表の両面に貼られており、 バックハンドでも手を返すことなく自然にスイングすることが出来る。 その分ラケットは重くなるがそれだけ強いボールが打てるようになるということである。 一方ペン(ペンホルダー)はペンを持つようにグリップを握る。基本的には表側にしかラバーを貼らず、 バックハンドは打ちにくくなるのだが、ラケットが軽く、スナップを生かした台上での小回りに優れている。
「俺はシェークです」
中学時代の入部当初はよく分からずに卓球を始めたので単に握りやすいシェークハンドを選んだのである。
淳と向かい合いラケットを構える。そしていざ打ち始めようというとき先輩の言葉で俺の手は止まった。
「えっ!? 君左利き?」
「……え、えぇ、まぁ」
そう、俺は左利きだったのだ。鉛筆も箸も左だった。 台打ちしている俺は先輩たちに取り囲まれ好奇の眼差しを向けられた。
「左利きとは……これは良い戦力になるね!」
大塚先輩は笑顔で他の部員たちに向かいコクリと頷いてみせた。確かに、 左利きの選手は日本において決して多くなく、左利きが苦手という選手も少なくない。 (高校総体における)卓球の団体戦は全部で5ゲーム存在するが、 伏兵として忍ばせておくとかなり有利に試合を進めることが出来る、とどこかで聞いたことがある気がする……
「……って、いやいや、だからなんで俺の入部は確定なんですか!?」
「もう諦めろって、大人気ないな」
お前が言うなよ、淳。
実に理不尽だ。