おつかいクエスト

「―――あのお婆ちゃん、実は幽霊なんじゃないかな?」

「そんな訳ないでしょ!おかしなこといわないで」

荘太と文は青葉通り地下立体交差点に向かい歩いている。 荘太の腕にはボストングラブを入れたビニール袋がぶら下がっている。 なぜボストンクラブの入ったビニール袋を二人が所持しているのか、 その理由を説明する為には話はほんの数分前に遡る必要がある。


「ぃららららららららっしゃあぃ!!」

もし彼女が幽霊であれは余程この世に未練を遺して死んでいったのであろうというのは想像するに事欠かない。 クシャリとした皺を幾本も蓄えており、『皺の数だけ幸せ』などと言ってしまったら 「一体全体あんたどんだけ幸せなんだよ!?」と突っ込んでしまうこと請け合いである。 老婆はカウンターの向こうから顔だけを出していた為、 店に入ったばかりの荘太は首だけお化けが出たと叫び、文に抱き着いた。

「引っ付くなッ!!」

荘太を蹴り飛ばして文は素早くカウンターに向かう。 そしてさっさと用件を済ませてしまおうと老婆に事情を説明する。

「―――って訳でおばあちゃん、幻のショットグラスって知らないかしら?」

話を聞き終えると丸酒屋のおばあちゃんは覚束ない足取りで奥の座敷にに引っ込み、何やらガサガサやり始めた。

「……もしかしてここにあるのかなぁ、ショットグラス?」

荘太はおずおず訊ねた。

「さぁ……知らないわよ。でもここにあるんならとっくに先生が持ってるんじゃないの?」

文は賢く、何より現実主義者であった。『幻』なんてつく品がそう簡単に手に入るとは毛頭思っていない。 一両日中に手に入るかどうかも怪しいと睨んでいる。

「それもそうだよねぇ……」

文に説明されて壮太はゆっくりと納得した。二人がそんな会話をしていると、そこにおばあちゃんが戻ってくる。

「これを青葉通り交差点に住んどるじいさんの所に持っていっておくれ」

お婆ちゃんが引っ張り出してきたのはビニール袋に入ったボストングラブであった。 なんだ、普通に喋れるじゃないかと荘太は驚いたことを今更後悔する。しかし文の方は怒った。

「ちょっ、ちょっと待って。あたしたちは何も雑用しにきた訳じゃないし便利屋なんかでもないわ! それに青葉通り交差点って地下交差点よね!?そこに住んでるじいさんってどう考えてもホームレスじゃないッ!!」

青葉通り地下立体交差点は非常に広く中央には噴水がありその噴水を囲むようにして四つのベンチがある。 そのベンチを各々支配する者たちこそ仙台の数いるホームレスを統べる『四天王』 と呼ばれる最強のホームレスであると文は先生に聞いたことがあった。

「その一人がワシのじいさんなんじゃ」

お婆ちゃんはブイっ、と可愛くピースをしてみせたが実際は使い古したシーツの皺がさらにクシャクシャになるようであった。 その為壮太は再び恐怖し、ビクリ、と身体を震わせた。

「幻のショットグラスなんぞ知らん。ワシは知らんが、じいさんなら、もしかしたら知っておるかも知れんぞ?」

お婆ちゃんはそう言って二人にボストングラブをグイ、と差し出した。




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