H番目の少女
さて、ボウリング三兄弟のいるボウリング場である。
仙台名物、でもない『ペデストリアンデッキ(歩行者専用の特大歩道橋)』の南端に位置する『E-BeanS』の隣のビルに 『プレイボウル』と呼ばれる古びたボウリング場があり、つまりはこの三人の現在地でもある。
かつてはその三人の中に今は亡き、と言っても死んではいないが、『クロベエ』と呼ばれた男が混ざっていた。 本名を黒鳥兵衛(くろとり ひょうえ)と言い、氏名をもじって『クロベエ』のあだ名で親しまれていた。 彼は極度の寒がりなのか、春でも夏でも膝までのコートに身を包む変質者のような人物であり、 彼の口から出てくるものは嘘か屁理屈か未知の言語が大半を占めており、それらに含まれる毒素等で多くの人間を時に魅了し、 時に感動させ、大半は激怒させてきた。
このボウリング三兄弟に関してはクロベエの毒に強く当てられた珍しいケースの患者であり、 最早毒に対する抗体が出来上がってしまっていて、どれだけクロベエが意味不明な発言をしても動じることなく 片手で軽く受け流すという端から見ればかなりの荒業を平気でこなす猛者たちであった。 ちなみに三人とクロベエは先の『アンチクリスマス事件』には加担していなかったものの、変態紳士同盟のメンバーであった。 クロベエがあまり三人に関わらなくなった原因としては、先の『東日本大震災』の影響が大きいかと思われた。 彼は震災後、忽然と大衆の前から姿を消したのであるが、その理由については伊達政宗が作ったとされる 『伊達の抜け穴』のように謎に満ちているとされていた。
三ゲームほど終った頃である、いよいよ飽きてきた萩野と包屋、それに飽きてはいないが、 ちと小腹の空いてきた落合は中華飯店『北京餃子』にて昼食を摂ることにした。 北京餃子とは広瀬通りに堂々と聳え立つフォーラスの地下二階にある中華料理店で、 量が多く、それでいて安く食べれると貧乏苦学生を始め多くの人に人気の店である。
「一応クロベエも呼んでみないか?」
そう提案したのは包屋であった。彼は三人の中で最もクロベエと良くつるんでいたのである。 従って三人の中でも一番の変態だった。否、一番クロベエと仲が良かった。
「それも、そうだな」
と呟き萩野は携帯を取り出してクロベエに連絡を試みる。が、しばらく粘ってもクロベエが電話に出る気配はなかった。 やがて萩野は諦めて携帯をしまい込む。
「……出ない、取り込んでいるのかもな」
「―――そうか」
心無しか肩を落とす包屋であった。
北京餃子に入る前、三人は一番町商店街を歩いていたのであるがフォーラスの裏口付近で水色と白のワンピースを着た、 『いかにも頭の悪そうな女の子』に突如とうせんぼうを食らったのである。 少女は手に持ったアイスクリームを何かの技のように「食らえ!」と叫んで三人に向かって投げつけて来た。 アイスクリームはもう少しで余所見をしていた包屋のズボンを取り返しのつかないことにするところだったが、 寸でのところで落合に襟を引っ張られ危うく難を逃れ得た。
地面に落ちた無惨なアイスクリームの残骸を見て包屋は我に返る。
「―――何やっとるんじゃ、このクソ餓鬼がぁッ!!」
包屋はそう叫ぶなり悪鬼のごとき形相と目にも止まらぬ速さで少女のもとへ駆けていき、 思い切りげんこつを喰らわした。
「びぇー」と少女は泣きながらアーケード街の方へ走って行ってしまった。
「ふん、おととい来やがれってんだ、餓鬼がッ!」
「紳士的じゃないなぁ」
落合が包屋をたしなめるが、本人は「五月蠅い、俺は『変態紳士』じゃ!」、と鼻を鳴らした。 かくして災難はあったものの、三人は中華料理店北京餃子へと続く長い階段を降りていくのであった。