助手の居ない探偵
シャレ乙男は自販機で缶珈琲を購入し、行きゆく人に身を任せるうちに青葉通り地下交差点に流れ着いていた。 そんな男の目に、日常ではあまりお目にかかれないであろう光景が飛び込んできた。
「うーむ、あれは……何だろうな」
地下世界の中央に堂々位置する噴水と廻りを固めるベンチの一角に座り込んでいる小汚い老人、 それに親しく話しかけているいかにも簡単に詐欺に引っ掛かってしまいそうな少年とそれに距離を置く眼光鋭い、 がどこか気の短そうな少女に目をやり、しばらく買った缶珈琲のことを忘れて三人を観察していた。 男の推理によれば小汚い老人は十中八九ホームレスである。が、しかしその老人の放つオーラや尋常なものではない。 歴戦の猛者であり、ただの小汚い老人でないことは想像するに事欠かない。
やがて青年はボストンクラブを手にしていたビニール袋から取り出して老人に渡した。 小癪な、と男は手にした缶珈琲のことを思い出しプシッ、と空けて飲みだす。 ボストンクラブを受け取った老人は何か大事なことを少年少女に吹き込んでいるかのように 見えたので男は無意識に内容を聞き取ろうとして耳を澄ませた。
「―――幻のショットグラス―――駅裏―――スガワラ商店―――」
「……ま、幻のショットグラスだとッ!?」
地下交差点に響き渡る往来の雑踏に邪魔され、途切れ途切れではあったものの確かに男はその声を拾うことが出来た。 そして思わず呟いてしまった。そして男は他にも幻のショットグラスを狙っている輩が居ることを今更ながらに気付く。
「うーむ、そりゃそうだろうなぁ、幻だもんなぁ……」
そして妙に納得するのであった。
『スガワラ商店』とは男の記憶が正しければ仙台駅から東側の裏路地にある小ぢんまりとした雑貨屋のことである。 男はしばし探偵の様に腕を組み思案してみた。しかしワトソンは居ない。
「スガワラ商店に行けば幻のショットグラスに辿り着ける、 あるいはその手掛かりが見つかる。と推理するのが自然だな、うむ」
男は老人と親しく話す少年と少女を置いてさっさと地下世界を後にするのであった。