ALWAYS・路地裏の冒険

夏の日差しを避けるように四方を雑居ビルに囲まれた路地裏の最深部、 そこに二階建て木造の建物はひっそりとたたずんでいた。 それは進化した平成の街に昭和が取り残されたような異様な雰囲気であった。 白丸に『翁』と書かれたのれんをくぐり、文と壮太は店内に入った。


「―――いらっしゃい……」

やっと来たか、と言いたげに、廊下の暗闇から現れたのは痩せた肢体に着流しを這わせたような、 先刻地下交差点で出会った恰幅の良い好々爺の風情とはまるで対極に存在するような、そんな雰囲気の老人だった。

「あんたらかい?『幻想盃』を探しているっていう若い二人組は?」

主人はどうやら事情を知っているようであり、文と壮太を店の奥に招いた。 二人は靴を脱ぐと案内された通りに板張りの廊下を進んだ。

奥座敷の中には壮太と文の二人とも見たことのないような珍品で埋め尽くされていた。 とりわけ水煙草や、壁に掛けられた煙管、パイプがその存在感を放っており、元は煙草屋だったのではないかとも思われた。

「―――それ、そこだ」

竹取堂の店主は二人を入れると、部屋の一番奥に飾られた、『何も置いていない座布団』を指差した。 文は珍品の類から主人に視線を戻し、訝しむように見た。彼は文の強烈なジト目をものともせず再び口を開く。

「そこじゃ、そこに……あったんじゃ」

主人は苦虫を噛み潰したような苦悶の表情を浮かべ、台に乗った大仰な座布団を指差した。 勿論乗っているのは座布団だけである。

「……あった?」

壮太は首を傾げてみた。どうやら状況が呑み込めていないらしい。 今度は首を反対に傾げてみるがやはり解らない。一方文はすぐに状況を理解し、次に質問すべきことを的確に訊ねた。

「―――で、誰が持っていったのかしら?」

主人は「賢いお嬢さんだ」と文を褒め、そのご褒美とばかりにショットグラスを手に入れた人物について教えてくれた。

「名を『藁しべ長者』と言う……」

その単語を吐いた刹那、竹取堂の主人は倒れそうになったが、寸でのところで堪えた。 『藁しべ長者』、元々青葉通り地下交差点にてホームレス界での立身出世を目指しており、 若くしてその頂点に上り詰めた男である。

物々交換が大好きでコップ一杯の酒を元手に飲み屋を手に入れた真の猛者であるらしく、 今現在はその手に入れた飲み屋を経営しているという。説明を終え、店主はゆっくりと膝を付いて畳に座した。 釣られて二人も座る。そんな二人に対し、老人は身の上話を始めた。

「―――ワシはな、若くしてこの店を継いで、ずっ、と店を守り続けてきた……そんなワシには嫁がおらんかった。 今でもじゃ……」

ここで老人は一旦ため息を漏らした。 壮太はくたびれた老人に同情するように「うんうん、偉いね」と呟いたが、 文の方は終始ジットリと湿気を湛えた表情を崩さずに、話を聞いた。

「ワシは焦った、何せ後継ぎがおらんのじゃからな……でもそんな折、 『藁しべ長者』の奴が、とんでもない提案を持ちかけて来たんじゃ……」

壮太はうんうん頷くだけであったが、察しの良い文は「もしかして」とある想像をし、眉をひそめた。 その表情を読み取ってか頷くように店主は言った。

「……そう、奴の娘と、ワシの『幻想盃』を交換しないか、とな」

その言葉を聞き、壮太の身体は固まり、文の背筋を悪寒が駆け巡った。 目前の老人は今にも息絶えてしまいそうな雰囲気である。もしも彼が亡くなったら、 店は『藁しべ長者』の娘のものになる。それは最早『藁しべ長者』のものになったと言った方が、いっそ清々しいかもしれない。 それに欲しいものがあるからといって自身の娘を交換の道具にしてしまう狡猾さから、 思考の鈍い壮太ですら『藁しべ長者』を極悪人の類であると判断したようである。

「『黒肴』それが奴の根城じゃ……」

ボソリと呟くと老人は消え入りそうな雰囲気で二人を座敷から追い出したのであった。




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