少年よ、大志を抱くべからず

飲み競べは『仙台銀座』内にある『酒処・黒肴』の前で行われることになった。 店の前には質素なテーブルが置かれ、その上に幻のショットグラスが置かれた。

「お前さんたちにはこれで私の出す酒を交互に飲んでもらうからの……」

ケケケと笑う藁しべ長者。既に一杯目の品を準備している。「だったら先攻はあたしね」、 と文がグラスに手を伸ばす。が、その手を壮太が無理に遮った。

「―――文、僕がやるよ」

そう言い放つ壮太の顔にはいつものにふやけきったハンペンのような表情など微塵もなく、 ただその瞳に決意の色を静かに称えており、いかに宮本武蔵・佐々木小次郎の二大剣豪 と言えど容易には斬りかかることの出来ない程の覇気を纏っていたかに思われた。 文は気圧されて瞬きし、壮太を見返す。

すると次の瞬間にはいつもの心優しい穏やかな少年、常磐壮太が立っていて、

「いつも助けられてるしね」

と静かに文に微笑んで見せる。いつも糸の切れた凧のようにふわふわと漂っている壮太を見てきた文だけに、 危うく壮太に対しドキリとしてしまいそうになった。文はそっぽを向き、

そして壮太はグラスを取り上げ、中の液体を一気に飲み干した。

そして、青年はそのまま後ろ向きに倒れてしまったのである。

「―――あ、え!?壮太!? そう言えばあんたお酒全然駄目だったじゃないッ!!?」

文は唖然として立ち尽くす。「嗚呼、馬鹿みたい」と内心で後悔に似たような感情を抱いた。 藁しべ長者は倒れ伏した壮太からショットグラスをひったくり、ついでに店の人間を呼んで壮太を中に運ばせる。

「しっかりしとくれ、グラスを割られてはたまったもんじゃない」

藁しべ長者はプリプリと怒ってテーブルにグラスを戻し、仕切り直した。

「さて改めて始めよう……」

グラスに琥珀色の液体を注ぎ、文に飲み干すことを促す。

「……やってやろうじゃないッ!!!」

意気込んでグラスを握る文であったが彼女はこのグラスがただのショットグラス ではないということをすっかり失念していた。グラスに合わせ、若干身体も斜めにし、 その中身を一気に飲み干して、どうってことはない、と言わんばかりにテーブルに戻すが、 次に見た藁しべ長者と仁老人の不気味な笑みはグニャリ、と歪んでおり不気味さに拍車がかかっていた。 それだけではない、文の、その目に映る世界全てが歪み、あわよくば回りだそうとしていた。

文は酒が嫌いではない。寧ろ好んで飲む方で、友人のなかでも酒に強いと専らの評判であった。 それがなんとしたことか、ショットグラスのたった一杯でこんなにもフラフラになってしまった。

「お嬢さん、悪いことは言わんから辞めておきなさい。例えお前さんがどんな量飲んでもこの儂、 『ホームレス四天王』が一角、『七福仁』には勝てんよ」

仁老人はグラスの中身をちびちびやりながら満面の笑みを浮かべた。 文は相変わらずフラフラしていて仁老人の言葉が聞こえているのかも定かではなかったが、 不意にフラ付きが止まり、グラスを仁老人から奪う。

「―――今日はやけにその手のお客さんが多いみたいだけど、 いつから仙台はホームレスどもの町になったのかしら?」

そう言って二杯目を藁しべ長者に促す。しかしその顔は最早は天狗のように真っ赤になっていた。

「グラスは、壊さんでおくれよ?」

藁しべ長者はケケケとさらにその笑みを歪ませてみせた。




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