エンディング その1

寸でのところで崩れる文を受け止めたのは他でもない、 既に倒れ伏していた筈の壮太であった。壮太はしっかりと文を抱き留め、 しっかりと抱き留めたまま、自身も気を失い崩れ落ちた。今度はそれを甚平の男が受け止める。

「「「「クロベエ……ッ!!」」」」

ボウリング三人組とサカイ氏は同時に叫ぶ。それから少し遅れて文が弱々しく口を開く。

「……先生」

賢い読者ならばもしかしたら気がついていたかもしれないが、 名前だけは出てくるものの、その姿をサッパリ現さない男、黒鳥兵衛、通称・クロベエ、 そして物語の序盤に登場していたあの自堕落な壮太と文の『先生』、 それにこの甚平の男は同一人物だったのである。

「久し振りだね、諸君」

四人を眺めて懐かしむように目を細めるクロベエ。だが直ぐに視線を文と壮太に戻す。

「すまんね、壮太君、文。無理させてしまった」

「―――先生、御免なさい……ショットグラス……駄目でした」

「いやぁ、もう良いんだ。そんなことよりもここまで頑張ってくれる弟子たちが私にはいるんだ。それで十分さ」

青年黒鳥兵衛は昨年震災後の春、とある理由から『幸せ探しの旅』に出ており、 旅先で浴衣姿の奇妙な怪人に出会った。そこで怪人の説く『幸福論』にいたく感銘を受け、 半ば勝手に弟子となった訳であるが、とりあえず自身も和服に身を包んでみたようであった。

「―――『幸福は探さずともそこにある』、まだまだ師匠には敵いませんなぁ……」

先生は最後に、「ありがとう、そして御免ね」と深く低頭した。

しばし観衆たちは凍りついたように身動きはおろか一言も喋らず、 ただじっと先生らを見つめていた。見つめていたのは先生たちだったので誰一人としてその場から ホームレス四天王の仁老人が立ち去っていたことに気付かなかった。

「すまんね、君たち、この子たちを家に送らんといかん。まぁ機会があればまた逢えるさ」

そうして黒鳥兵衛は愛弟子二人をタクシーに担ぎ込み、自らも助手席に乗り込んで四人の前から去っていった。




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