マナーモードでも目立つ

地球温暖化対策やエコを呼び掛けるチラシが柱などに貼られているにも関わらず、 大学図書館の館内はクーラーの効いた涼しい空間になっていた。 その空間には、学生は勿論、てんぷら学生、読書目当ての客、出会いを求めやってくる有象無象の輩で充満していた。

そんな中で熱心に『法の精神』を読むのが琴羽野文その女性(ひと)である。 彼女は大学の法学部に所属しており、その理知的な面持ちは痴漢は愚か、 半径二十メートル以内での喫煙すら許さない雰囲気さえ漂わせていたが、 その実、幼い頃より、エチルアルコールの摂取を日常としていたため、法もへったくれもなさそうな放蕩娘であった。 そんな彼女であるから、凛とした瞳を湛える一方で、何処かの部族のような 『あわもり呑めて一人前』のような挑戦的な風情があるのも無理からぬ話である。


「精神論でお腹が一杯になったらそりゃ良いでしょうけど、本じゃ流石に酔えないわね……」

等と、半ば意味深なことをぶつくさ呟きながら少女は広辞苑のような書物をパラパラと捲ったが、 シャルル・ド・モンテスキューの綴った『法の精神』とは精神心理の本ではなく、 どちらかと言えば政治の実用書のようなものである。

そんな今や読書に耽っているのか耽っていないのか、真偽の程が定かでない彼女の黄色いズボンのポケット内にて、 ある物体が規則的な振動を始めた。振動音は物静かな館内にいる人々の注意を十分に引いたが、 文本人はお構いなしに、ポケットから『それ』を取り出し、内容を確認する。


着信の宛名には『先生』と表記されていた。

流石に館内で堂々通話することは気が引けたのか、少女はそそくさと図書館から退出するのであった。




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