乙の帰還

荘太が先生の下宿を飛び出したのと時を同じくして仙台空港に降り立った男がいた。 日差しを嫌うかのようにサングラスをかけ、ハットを深々と被り、いかにも胡散臭そうな雰囲気を醸し出している。 醸し出してはいるのだが、着ている服がどうにもお洒落であり、なかなかどうして悪役とは思えない。

事実彼は悪役ではない。


「―――さて、ここにあるのか、幻のショットグラスが……」

どうやらこの『シャレ乙男』のお目当ては、あの先生が欲しがっていたものと同じ、 件(くだん)のショットグラスであるらしい。 しかし初めに述べておくとグラスはこの仙台の街に一つしか存在しない。

賢い読者諸君なら解るだろうが需要が供給を上回るとき、そこに争いは起きる。 勿論起こらない場合もある。男はスマートフォンを手に取り、ある番号に電話をかけた。

「あぁ……久し振り。俺だよ俺……え!?詐欺師かって!?詐欺じゃないってば……待て、切るな」

シャレ乙男は窺い知れぬ表情とは裏腹に、案外テンションが高く、 友人とおぼしき電話の向こうの相手と昔を懐かしむような他愛のない会話をしているかに思えた。


「また会ったら一緒に酒でも飲もう……いやスコッチは要らない」

男は静かに携帯をしまい、溜め息をついたように微笑み、ゆっくり仙台空港アクセス線に乗り込み、 話題の中心・仙台へと向かうのであった。




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